おはなし
マッチ売りの少女(The little match girl)
アンデルセンの名作童話「マッチ売りの少女」。
- 文:田中和美
- 声:東花柚貴(koebu)
- 音楽:YouTube Audio Library
- 絵:ささきまゆ
- 原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen)
本文
きょうは、いちねんのおわりのおおみそかのひ。
まちをあるくひとたちはみんな、いそがしそうにしていました。
そこで、ちいさなおんなのこがひとり、マッチをうっていました。
「マッチはいりませんか、マッチはいりませんか……」
けれど、マッチをかうひとはいませんでした。
やがでよるになり、おんなのこはがたがたふるえました。
けれど、おんなのこはいえにはかえりません。
マッチがまだひとつもうれていなかったからです。
「このままかえっても、またおとうさんにぶたれるだけだわ」
からだはどんどんつめたくなっていきます。
おんなのこはだめだとおもいながらも、うりもののマッチをいっぽんすりました。
ちいさなほのおがひろがります。
すると……
めのまえに、おおきなストーブがでてきました。
りょうてをのばしてあたたまろうとします。
でも、マッチのほのおがきえると、ストーブはなくなってしまいました。
こんどこそストーブであたたまろう、そうおもって、もういちどマッチをすります。
すると……
めのまえに、おいしそうなりょうりがたくさんでてきました。
ふかふかのパンや、あたたかそうなスープ、そしておおきなガチョウのまるやきもあります。
たべたことのないごちそうに、おんなのこはおもわずてをのばしました。
でも、マッチのほのおがきえると、ぜんぶなくなってしまいました。
おんなのこのおなかはペコペコです。
ひとくちだけでも。
そうおもって、もういちどマッチをすります。
すると……
おおきなおおきなクリスマスツリーがでてきました。
おんなのこがみあげていると、ツリーのてっぺんに、だれかがいました。
「あっ! おばあちゃん!」
それはしんだおばあちゃんでした。
おばあちゃんはにっこりわらい、おんなのこへちかづいてきます。
けれど、だんだんすがたがうすくなっていきます。
「いや! おばあちゃん、きえないで!」
おんなのこはむちゅうで、もっていたマッチをぜんぶすりました。
そうしてめのまえにきたおばあちゃんに、だきつきました。
「おばあちゃん、またあえたね! こんどはどこにもいかないで!」
おばあちゃんはおんなのこをだきしめ、そのままそらへのぼっていきました。
つぎのひのあさ、おんなのこのまわりに、まちのひとがあつまってきました。
「このこはきのう、ここでみたなあ」
「かわいそうに、マッチであたたまろうとしたんだわ」
おんなのこはにっこりとわらったまま、つめたくなっていました。
- 声:Project Gutenberg
- 音楽:YouTube Audio Library
- 絵:ささきまゆ
- 原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen)
本文(Project Gutenbergより)
Most terribly cold it was; it snowed, and was nearly quite dark, and evening-the last evening of the year.
In this cold and darkness there went along the street a poor little girl, bareheaded, and with naked feet.
When she left home she had slippers on, it is true; but what was the good of that- They were very large
slippers, which her mother had hitherto worn; so large were they; and the poor little thing lost them as she
scuffled away across the street, because of two carriages that rolled by dreadfully fast.
One slipper was nowhere to be found; the other had been laid hold of by an urchin, and off he ran with it; he thought it would do capitally for a cradle when he some day or other should have children himself.So the little maiden walked on with her tiny naked feet, that were quite red and blue from cold.
She carried a quantity of matches in an old apron, and she held a bundle of them in her hand. Nobody had bought anything of her the whole livelong day; no one had given her a single farthing.
She crept along trembling with cold and hunger-a very picture of sorrow, the poor little thing!
The flakes of snow covered her long fair hair, which fell in beautiful curls around her neck; but of that, of
course, she never once now thought.
From all the windows the candles were gleaming, and it smelt so deliciously of roast goose, for you know it was new year's eve; yes, of that she thought.
In a corner formed by two houses, of which one advanced more than the other, she seated herself down and cowered together.
Her little feet she had drawn close up to her, but she grew colder and colder, and to go home she did not
venture, for she had not sold any matches and could not bring a farthing of money: from her father she would certainly get blows, and at home it was cold too, for above her she had only the roof, through which the wind whistled, even though the largest cracks were stopped up with straw and rags.
Her little hands were almost numbed with cold.
Oh! a match might afford her a world of comfort, if she only dared take a single one out of the bundle, draw it against the wall, and warm her fingers by it.
She drew one out.
"Rischt!" how it blazed, how it burnt! It was a warm, bright flame, like a candle, as she held her hands over
it: it was a wonderful light.
It seemed really to the little maiden as though she were sitting before a large iron stove, with burnished brass feet and a brass ornament at top.
The fire burned with such blessed influence; it warmed so delightfully.
The little girl had already stretched out her feet to warm them too; but-the small flame went out, the stove
vanished: she had only the remains of the burnt out match in her hand.
She rubbed another against the wall: it burned brightly, and where the light fell on the wall, there the wall
became transparent like a veil, so that she could see into the room.
On the table was spread a snow-white tablecloth; upon it was a splendid porcelain service, and the roast goose wassteaming famously with its stuffing of apple and dried plums.
And what was still more capital to behold was, the goose hopped down from the dish, reeled about on the floor with knife and fork in its breast, till it came up to the poor little girl; when-the match went out and nothing but the thick, cold, damp wall was left behind.
She lighted another match. Now there she was sitting under the most magnificent Christmas trees: it was still larger, and more decorated than the one which she had seen through the glass door in the rich merchant's house.
Thousands of lights were burning on the green branches, and gaily-colored pictures, such as she had seen in the shop-windows looked down upon her.
The little maiden stretched out her hands towards them when-the match went out. The lights of the Christmas tree rose higher and higher, she saw them now as stars in heaven; one fell down and formed a long trail of fire.
"Some one is just dead!" said the little girl; for her old grandmother, the only person who had loved her, and who was now no more, had told her, that when a star falls, a soul ascends to God.
She drew another match against the wall: it was again light, and in the lustre there stood the old grandmother,
so bright and radiant, so mild, and with such an expression of love.
"Grandmother!" cried the little one; "oh, take me with you!
You go away when the match burns out; you vanish like the warm stove, like the delicious roast goose, and like the magnificent Christmas tree!" And she rubbed the whole bundle of matches quickly against the wall, for she wanted to be quite sure of keeping her grandmother near her.
And the matches gave such a brilliant light that it was brighter than at noon-day: never formerly had the
grandmother been so beautiful and so tall.
She took the little maiden, on her arm, and both flew in brightness and in joy so high, so very high, and then above was neither cold, nor hunger, nor anxiety-they were with God.
But in the corner, at the cold hour of dawn, sat the poor girl, with rosy cheeks and with a smiling mouth,
leaning against the wall-frozen to death on the last evening of the old year. Stiff and stark sat the child
there with her matches, of which one bundle had been burnt.
"She wanted to warm herself," people said: no one had the slightest suspicion of what beautiful things she had seen; no one even dreamed of the splendor in which, with her grandmother she had entered on the joys of a new year.
日本語訳(青空文庫より)
それは、ひどく寒いおおみそかの夜のことでした。あたりはもうまっくらで、こんこんと雪が降っていました。
寒い夜の中、みすぼらしい一人の少女が歩いていました。ぼうしもかぶらず、はだしでしたが、どこへ行くというわけでもありません。行くあてがないのです。
ほんとうは家を出るときに一足の木ぐつをはいていました。でも、サイズが大きくぶかぶかで、役に立ちませんでした。
実はお母さんのものだったので無理もありません。道路をわたるときに、二台の馬車がとんでもない速さで走ってきたのです。
少女は馬車をよけようとして、木ぐつをなくしてしまいました。
木ぐつの片方は見つかりませんでした。
もう片方は若者がすばやくひろって、「子供ができたときに、ゆりかごの代わりになる。」と言って、持ちさってしまいました。
だから少女はその小さなあんよに何もはかないままでした。
あんよは寒さのために赤くはれて、青じんでいます。
少女の古びたエプロンの中にはたくさんのマッチが入っています。
手の中にも一箱持っていました。一日中売り歩いても、買ってくれる人も、一枚の銅貨すらくれる人もいませんでした。
少女はおなかがへりました。寒さにぶるぶるふるえながらゆっくり歩いていました。それはみすぼらしいと言うよりも、あわれでした。
少女の肩でカールしている長い金色のかみの毛に、雪のかけらがぴゅうぴゅうと降りかかっていました。でも、少女はそんなことに気付いていませんでした。
どの家のまども明かりがあかあかとついていて、おなかがグゥとなりそうなガチョウの丸焼きのにおいがします。そっか、今日はおおみそかなんだ、と少女は思いました。
一つの家がとなりの家よりも通りに出ていて、影になっている場所がありました。
地べたに少女はぐったりと座りこんで、身をちぢめて丸くなりました。小さなあんよをぎゅっと引きよせましたが、寒さをしのぐことはできません。
少女には、家に帰る勇気はありませんでした。
なぜなら、マッチが一箱も売れていないので、一枚の銅貨さえ家に持ち帰ることができないのですから。
するとお父さんはぜったいほっぺをぶつにちがいありません。
ここも家も寒いのには変わりないのです、あそこは屋根があるだけ。
その屋根だって、大きな穴があいていて、すきま風をわらとぼろ布でふさいであるだけ。
小さな少女の手は今にもこごえそうでした。
そうです! マッチの火が役に立つかもしれません。マッチを箱から取り出して、カベでこすれば手があたたまるかもしれません。
少女は一本マッチを取り出して――「シュッ!」と、こすると、マッチがメラメラもえだしました!
あたたかくて、明るくて、小さなロウソクみたいに少女の手の中でもえるのです。本当にふしぎな火でした。
まるで、大きな鉄のだるまストーブの前にいるみたいでした、いえ、本当にいたのです。
目の前にはぴかぴかの金属の足とふたのついた、だるまストーブがあるのです。とてもあたたかい火がすぐ近くにあるのです。
少女はもっとあたたまろうと、だるまストーブの方へ足をのばしました。と、そのとき!
マッチの火は消えて、だるまストーブもパッとなくなってしまい、手の中に残ったのはマッチのもえかすだけでした。
少女はべつのマッチをかべでこすりました。
すると、火はいきおいよくもえだしました。光がとてもまぶしくて、かべがヴェールのようにすき通ったかと思うと、いつのまにか部屋の中にいました。
テーブルには雪のように白いテーブルクロスがかかっていて、上にごうかな銀食器、ガチョウの丸焼きがのっていました。
ガチョウの丸焼きにはリンゴとかんそうモモのつめ物がしてあって、湯気が立っていてとてもおいしそうでした。
しかし、ふしぎなことにそのガチョウが胸にナイフとフォークがささったまま、お皿から飛びおりて、ゆかをよちよち歩き出し、少女の方へ向かってきました。
そのとき、またマッチが消えてしまいました。
よく見ると少女の前には、冷たくしめったぶ厚いかべしかありませんでした。
少女はもう一つマッチをすると、今度はあっというまもありませんでした。少女はきれいなクリスマスツリーの下に座っていたのです。
ツリーはとても大きく、きれいにかざられていました。それは、少女がガラス戸ごしに見てきた、どんなお金持ちの家のツリーよりもきれいでごうかでした。
ショーウィンドウの中にあるあざやかな絵みたいに、ツリーのまわりの何千本もの細長いロウソクが、少女の頭の上できらきらしていました。
少女が手をのばそうとすると、マッチはふっと消えてしまいました。
たくさんあったクリスマスのロウソクはみんな、ぐんぐん空にのぼっていって、夜空にちりばめた星たちと見分けがつかなくなってしまいました。
そのとき少女は一すじの流れ星を見つけました。すぅっと黄色い線をえがいています。
「だれかが死ぬんだ……」と、少女は思いました。
なぜなら、おばあさんが流れ星を見るといつもこう言ったからです。人が死ぬと、流れ星が落ちて命が神さまのところへ行く、と言っていました。
でも、そのなつかしいおばあさんはもういません。少女を愛してくれたたった一人の人はもう死んでいないのです。
少女はもう一度マッチをすりました。少女のまわりを光がつつみこんでいきます。前を見ると、光の中におばあさんが立っていました。
明るくて、本当にそこにいるみたいでした。むかしと同じように、おばあさんはおだやかにやさしく笑っていました。
「おばあちゃん!」と、少女は大声を上げました。「ねぇ、わたしをいっしょに連れてってくれるの?
でも……マッチがもえつきたら、おばあちゃんもどこかへ行っちゃうんでしょ。
あったかいストーブや、ガチョウの丸焼き、大きくてきれいなクリスマスツリーみたいに、パッと消えちゃうんでしょ……」少女はマッチの束を全部だして、残らずマッチに火をつけました。
そうしないとおばあさんが消えてしまうからです。
マッチの光は真昼の太陽よりも明るくなりました。
赤々ともえました。明るくなっても、おばあさんはいつもと同じでした。昔みたいに少女をうでの中に抱きしめました。
そして二人はふわっとうかび上がって、空の向こうの、ずっと遠いところにある光の中の方へ、高く高くのぼっていきました。そこには寒さもはらぺこも痛みもありません。
なぜなら、神さまがいるのですから。
朝になると、みすぼらしい服を着た少女がかべによりかかって、動かなくなっていました。
ほほは青ざめていましたが、口もとは笑っていました。おおみそかの日に、少女は寒さのため死んでしまったのです。
今日は一月一日、一年の一番初めの太陽が、一体の小さななきがらを照らしていました。
少女は座ったまま、死んでかたくなっていて、その手の中に、マッチのもえかすの束がにぎりしめられていました。
「この子は自分をあたためようとしたんだ……」と、人々は言いました。
でも、少女がマッチでふしぎできれいなものを見たことも、おばあさんといっしょに新しい年をお祝いしに行ったことも、だれも知らないのです。
だれも……
また、新しい一年が始まりました。